所長の公認心理師・臨床心理士としての歩み⑤:知的障害者更生相談所の10~12年目(知的しょうがいを持つ18歳~65歳までの成人の方との関わり)

 非行少年・少女たちとの関わりを経て、最後に公務員として仕事をした2年間は、「知的障害者更生相談所(法令上漢字表記する必要があるのでこう記載しておきます)」という、知的しょうがい・身体しょうがい者のための行政の証明書類である療育手帳・身体障害者手帳等を発行したり、専門的な相談を受けたりする「判定・相談機関の心理職員」として勤務することになりました。私は、知的障害者支援課に所属しましたが、赴任して思ったのは「心理職員の多さ」で職員の約半分は心理職でした。

 また、児童相談所はケースワーカーがメインで、その補佐として心理職がサポートするイメージだったのですが(例えば、所長・次長・課長等の要職はケースワーカーが多い)、ここでは心理職がメインでケースワーカーが補佐のようなイメージもあり、課長も心理職という珍しい職場でした。そして、児童相談所時代は、子ども相談の最前線は児童相談所というイメージだったのですが、知的障害者更生相談所は、あくまで市役所の障害福祉課の後方支援が業務でしたので、最前線に立たないということも経験したことのない体験でした。

 もう少し説明をしますと、療育手帳というのは、子どもの時から申請して、判定の結果によって発行される可能性がある知的しょうがい者向けの手帳(証明書)です。それがあると様々な福祉サービスを受けることができます。また、高校を卒業して就労する際に、しょうがい者枠の就労支援を受けたり、雇用されることも可能です。あくまで、手帳を提出することで利益を受ける権利があるものなので、所持していても誰かに提示する義務はなく、不要になれば返還も可能です。「サポートやサービスを受けたい時に出すパスポート」のようなイメージを持つと良いかもしれません。

 子どもの場合(0歳~18歳まで)は療育手帳は児童相談所の心理職員(児童心理司)が判定します。18歳以降は知的障害者更生相談所が療育手帳を判定します。判定方法は地域によって若干違うのですが、科学的な裏付けのある発達検査や知能検査および社会生活能力の検査等を判定員が調査・判定し、その結果、療育手帳の発行を決定します。相談機関でもあるのですが、判定機関でもあるので、利用者の中には、行政手続きと割り切ってこられる方も多く、そういう意味ではちょっと寂しい思いもありました。

 療育手帳は更新制なので、定期的に自動車免許のように更新のために、手帳の所持者がご家族などと来所されます。その時に私は色々話を聞かせていただいて、私が担当していた児童相談所の子どもたちがいずれはこうやって大人になり、このように仕事をしているんだな…とか、こういう風に生活したり、遊んだりしているんだな…とその後の人生が見れてこれはとても貴重な体験でした(実際に担当した子どもが大きくなってきたわけではありませんが…)。

 仕事で苦労してトラブルがありながらも支援者のサポートを受けながら頑張っておられる方もいれば、大人になって改めて仕事でうまくいかなくなってメンタルを崩し、知的しょうがいかもしれないと気付いて来所される方も少なくありませんでした。多くは、さかのぼってみれば小学校くらいから学力面でつまづいておられたりして、「今思えば…」と涙ながらに親御さんが語られることも決して少なくはなかったです。また、60歳過ぎて定年間際にリストラに遭いそうになって、その時に「ひょっとしたら…」と思って来所される方もおられました。とても謙虚に頑張って人生を過ごしておられまして、本当に苦労しながらも人柄でみんなに認められて勤め上げてこられたのだな…という方もおられました。

 そこから得た学びは、「それでも、私たちと何ら変わらないところがある」という、とても当たり前の気づきでした。しょうがいの有無にかかわらず、私たちは同じ人間として、本質的な違いはないはずです。分かってはいるけれども、実際どういう生き方をしているのだろうと聞かせていただいて本当に色々な気づきがありました。私よりもずっと苦労しているかもしれない人生を歩んでいる人もいましたが、私よりずっとタフに強く生きて、幸せを感じて暮らしていそうな方もおられました。そういう方は心から尊敬し、「素敵だな」と思いました。もちろん、本当に苦しい状況におられる方もおられました。そこは、自分なりにできることを一生懸命しながら、相談に乗らせていただきました。

 改めて、人生をしんどくさせ、精神的に不安定にさせるのは、しょうがいの有無ではなく、その人がおかれた環境(家族、職場、地域、福祉サービスなど様々な複雑な相互作用)の影響によるものであると痛感しました。

 また、福祉サービスを理解し、ケースワーカー的な相談対応をするという学びも大きかったです。例えば、障がい者雇用関係のサービスは、最低賃金を保証されているものやそうでないもの、職業訓練をしながらサポートを受けながら仕事をしていくもの等様々あります。また、実家で暮らす以外にも、地域のグループホームで共同生活をしたり、施設入所する等、様々な生活を支援するサービスがあります。また、必要ならガイドヘルパーをつけて、一緒に外出することもできます。こういった様々なサービスは、当然カウンセリングだけではできないその人の生活の質を高めたり、そのことによって心を安定させたりする効果があると思います。そういう意味でその人の「こころを見立てながら現実と関わる」というケースワークの基本を学んだと感じています。

 こうした知的しょうがいを持つ成人の方、また、その後の支援経験は、和(なごみ)のカウンセリングにも、「ケースワーク的支援」の発想や「しょうがいの有無にかかわらず公平性を重視して関わる」というスタンスにつながっています。手帳を所持している方は、行政サービスで相談支援事業所というところに基本的には無料で相談できると思います。そこで相談されることで日常的な悩み等を聞いてもらって、助かっておられる方も多いのではないかと想像します。一方で、そういう行政サービスでは不十分なところ(専門性の高い心理サービス)を私たち和(なごみ)が後方支援できたら大変うれしく思っています。そうやって社会全体の人々が少しでもその潜在性を発揮し、より良く生きられると感じられるようなサポートをできたら、私たちにとってこの上ない喜びです。

 長文となりましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 高橋 暁彦